「日本一不便」って、
本当に日本一なんですか?
——問われたとき、私たちが胸を張って答えること。
いいえ。日本一だと証明することは、できません。
全国の軽トラ市を一つひとつ測って、順位をつけた人は、どこにもいません。私たちにも、それはできません。
では、なぜ「日本一」と名乗るのか。
これは、測った順位ではなく、
覚悟を込めた「宣言」だからです。
「うちは、そこそこ不便です」では、何も始まりません。私たちは、自分たちの不便さから目をそらさず、隠さず、いっそ旗印にすると決めました。その決意の強さを、「日本一」という言葉に託しています。
Q. でも、宮崎には「日本三大軽トラ市」の川南町がありますよね?
はい。にぎわいの規模で日本の頂点を競う軽トラ市は、すでに立派に存在します。私たちが名乗るのは、それとは正反対の頂点です。にぎわいの日本一ではなく、不便さの日本一。競う土俵が、そもそも違うのです。
海士町は「ないものはない」と言い切りました。椎葉村は「一周まわって最先端」と言いました。どちらも、測って一番だったわけではありません。自分たちの立ち位置を、自分たちの言葉で引き受けた——それと同じことを、私たちもしています。
不便だからこそ、得られるものがある。
「不便を自慢して、何になる」と思われるかもしれません。けれど、不便さに積極的な価値を見出す研究が、実際に日本の大学にあります。
「不便」だからこそ得られる「益」。
京都大学 川上浩司 特定教授(当時)らが提唱・研究してきた考え方
川上教授は、便利さばかりを追い求める中で見過ごされてきた「不便のよさ」に光をあて、それを一つのデザインの指針として研究してきました。不便益とは、単なる我慢や根性論ではありません。不便という条件が、かえって人の工夫や関わりを引き出す——その仕組みそのものに価値を見出す発想です。
教授が示す例は、どれも私たちの腑に落ちるものでした。
見るほど道が消えていくナビ
頼りない案内だからこそ、人は自分で道を覚える。便利すぎるナビでは、記憶に残らない。
目盛りが素数だけの「素数ものさし」
2・3・5・7しかない不便な定規。だからこそ、どう測るかを前向きに考えるようになる。
「300円まで」の遠足のお菓子
制限があるからこそ、何を選ぶかにワクワクが生まれ、遠足そのものの価値が上がる。
川上教授は、こうも語っています。ネガティブとされてきた「不便」に目を向け、そこに良いことはないかと問い直す——その問いには、ものの考え方そのものを変えていく力がある、と。
私たちの軽トラ市も、
まさにこの「不便益」を地で行っています。
担い手は高齢化し、後継者も多くない。商工会のような後ろ盾も、潤沢な予算もない。それでも年に一度、田んぼのあぜ道に、笑顔は集まり続けている。不便だから、できないのではない。不便だから、知恵が生まれ、人と人の距離が近くなるのです。
※「不便益」は川上浩司教授らによる研究上の概念です。本ページは、その考え方に共感した一地域として、教授の一般向け著作・講演で公開されている内容をもとに紹介しています。
日本一は宣言ですが、「相当に不便」は事実です。
「日本一」は覚悟の言葉です。けれど、その足元がぐらついていては意味がありません。私たちは自分たちの地域を、地理・社会・経済の3つの層で自己診断しました。以下はその実測値です(すべて公式サイトの公開データに基づきます)。
層 1地理の不便さ
13項目中 8項目に該当 ——暮らしに欠かせないものが、すべて地区の外にある
| 医療 | 地区内に医療機関ゼロ。県立日南病院まで 9.1km |
|---|---|
| 買い物 | 地区内にコンビニゼロ。最寄りまで 5.9km |
| 金融 | 最寄り郵便局 3.0km、銀行は市街地まで 7km超 |
| 行政窓口 | 細田支所 3.4km、市役所本庁 7.4km |
| 介護 | 地区内にデイサービスゼロ |
| 公共交通 | コミュニティバスは朝夕各1便(計 2便/日) |
層 2社会の不便さ
7項目中 4項目に該当 ——運営組織そのものが、高齢化している
| 運営組織の年齢 | 応援隊18名の平均年齢 65.1歳(最年長75歳・最年少46歳)。20〜30代の担い手は不在 |
|---|---|
| 地区の高齢化率 | 62.39%。日南市平均(41.03%)の約1.5倍 |
| 人口規模 | 117名・65世帯(令和8年4月現在)という小規模性 |
層 3経済の不便さ
補助金頼みからの「自走」を、いま急いでいる
| 収益基盤 | 現在は国の補助事業(農村RMO/2024〜2026年)に依存。だからこそ2027年からの「補助金に頼らない運営」を準備中 |
|---|
地理・社会・経済。
3つの層すべてに、不便さが重なっている。
これが、私たちが「相当に不便だ」と胸を張って言える根拠です。とりわけ地理の層では、医療・買い物・金融・行政・介護という、暮らしの土台のすべてが地区の外にあります。不便さが3拍子そろっている——ここが、単なる「僻地自慢」とは違うところです。
私たちの、「不便でよかったこと」。
京都大学の不便益では、不便を認めた人にこそ、その先の価値を問います。「振り返ると、実はよかったこと。そこでしか生まれなかった工夫や関係はありますか」と。下塚田の答えは、こうです。
商店もスーパーも遠いからこそ、隣近所の顔が頼りになる。回覧板と、声のかけ合いが、いまも生きている。
補助金頼みのうちに、自分たちで回せる仕組みを作っておく。不便だからこそ、自走を急いでいる。
高齢化率6割を超えてなお、UIターン者やサポート会員が集まってくる。不便な場所だからこそ、来てくれた人の存在が際立つ。
年に一度、田んぼのあぜ道に 1,890人 の笑顔が集まり、52台 の軽トラが並ぶ(2025年実績)。にぎわいの規模では、川南町にも吉野ヶ里にも遠く及びません。それでも私たちは、この不便な田んぼで市を続けています。不便を言い訳にしなかった地域が、ここにもある。それを証明するために。
「いや、うちのほうが不便だ」と、
言ってほしいのです。
私たちは、「日本一不便な軽トラ市全国協議会」を立ち上げようとしています。商店街でやる軽トラ市には、すでに全国のネットワークがあります。私たちが探しているのは、そうではない仲間です。
田んぼのあぜ道で、漁港の片隅で、峠の集落で——不便を言い訳にせず、不便を抱きしめながら、それでも軽トラ市を続けている人たち。一緒に、不便さを比べ合いたい。工夫を持ち寄りたい。年に一度くらいは、顔を合わせたい。
あなたの軽トラ市は、
どれくらい不便ですか。
この二つは、矛盾しません。
不便を認めることが、笑顔を続ける出発点だからです。